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芸術学生の就活日記

芸術学科・音楽専攻に通う現役女子大生の病むほどアーティスティックじゃない毎日。J-POPから股ぐらまで語り尽くす

BOMI 「A_B」レビュー 後半


BOMIちゃんの今の話そのものがドラマみたいだから、それをアルバムにしてみたら、BOMIちゃんにしか歌えない歌になるんじゃないかな」。

 

BOMIがTokyo Recordingsの小袋と出会い、交流を深める中で自身の半生を語った時の、小袋のこの反応が、自伝的アルバムというコンセプトのきっかけになったという。

 

私たちがそうであるように、小袋という「他人」からみたら、彼女の半生は「ドラマみたい」なのである。

 

むしろ、そういう客観性やある種の俗っぽさを通すことで、M6「ロンリーロンリー」の<気づけばママが二人 パパもいない>という歌詞や、M3「記憶」での韓国語での親子の会話のサンプリング(内容は「私の子どもはどこにいるのかな~」といったこと)といった、自分の人生を直接的表現で吐露するという、今までのBOMIには出来なかったことを可能にしたのではないか。

 

結果的にそれはわかりやすい詞を求める今時の聴者の耳にも届くものとし、そして同時に外国人差別等、BOMIの身の回りで起きたことを中心とする社会への問題提起ともなっている。

 

 


Tokyo Recordingsはこれまでに、日本のメジャーシーンに対抗するような、汎用性の低い、他とは違う、「自分たちの音楽」を信じて活動してきた。

綿めぐみや今回のBOMIのプロデュースの際にはKendrick Lamarの「To Pimp a Butterfly」のような切実なリアリティーで、主張の強い、自分たちだけにしか奏でられない音楽を作りたいと繰り返し言ってきた。そしてその異物をポンと売ってしまうようなレーベルを運営したい、とも。


全てのものが複製されている現代で唯一複製出来ず、最後の「アウラ的芸術」と成り得るものは、人間自身の存在、すなわち人生ではないか。

 

このアルバムは、BOMIという強烈な個人の人生の音楽でありながら、多くの人にも聞いてもらいたいといった思いも見事に昇華された、商業的芸術のひとつの在り方だと思う。

 

BOMI「A_B」レビュー (OTOTOY掲載)

REVIEW : BOMI『A_B』

 

このアルバムにおいて重要なことは、今作がBOMIの半生を振り返った自伝的アルバムであるということ。そして、そんな内省的な作品にも関わらず、作詞は全編にわたりTokyo Recordingsの小袋成彬(OBKR)が行っているということだ。BOMI本人が自身の半生を1万字の文章でまとめ、それにインスパイアを受けて小袋が作品に落とし込む、という一風変わった形で作品が作られた。私はその方法が非常にうまく作用しているように思う。

 

彼女の生い立ちは、非常に稀有なものであるようだ。
「生まれは、ニューヨーク。女優の母親(当時22歳)と、学生で留学中だった父親(当時21歳)のあいだに誕生した。そして、2歳半のときに両親が離婚し、一旦は母親の母国である韓国に、母親と一緒に引っ越すも、3歳になると父親側の家族に日本へ連れて行かれ、養子に入る。その後、血のつながりのない「母」と「祖母」と共に、18歳で上京するまで大阪にて暮らしていた。」(作品資料に記載されていたものを引用)


音源は今ほとんど聞くことは出来ないが、活動初期は、頭をベリーショート…というより丸刈りにし、本名の「宝美(ぼうみ)」として、自分の壮絶な半生を、切実で叙情的な歌を歌いあげてきた。これまでのインタビューによれば、そうやって「とにかく自分が生きていることを主張」してきたという。

 

しかし「その種の切実な悲しさや寂しさは10年も20年も続くもの」でなく、「歌っていくうちに悲しいフリをしていた」こと、「自分はいつまでも尾崎豊じゃいられない」ということに気付き、当時のBOMIの等身大なアウトプットとして、今まで私達が聞いてきたような明るくポップな歌を歌うようになったのだ。

 


そんな思考の変化を経て、今のBOMIはどうなのか。一聴してこの『A_B』は、サウンドから歌詞、歌い方まで、今までのBOMIとは全く違ったものになっている。そこにはやはりTokyo Recordingsという存在の介在が深く関係しているようだ。

 

 

続く